『スマブラ』がこの世に出るまでには、いくつもの苦労やハードルがあった話

どうもみう太です(ΦωΦ)

2018年のE3も開催が近づいてきて、先日もNintendo Switch(ニンテンドースイッチ)版『大乱闘スマッシュブラザーズ』に関する記事を書いたり、私も非常に楽しみにしています。

スマブラと言えば任天堂のキャラクターだけでなく、近年では他のメーカーからも参戦の希望が出ていたり、ゲーム界を代表するビッグタイトルへと成長しました。

2018年内には発売予定となっているので、思ったより早く遊べそうな事に関しても驚いています(ΦωΦ)

スマブラは最初、期待されていなかった

そんな『大乱闘スマッシュブラザーズ』ですが、昔の記事を読み返してみると当初はあまり期待されておらず、シリーズが続くかどうか以前に、ゲームとして完成するかが不安視されていたようです。

今でこそ多くのユーザーが知っているスマブラですが、最初はどのような苦労や悩みがあったのかをまとめてみようと思います。

参考とした記事はこちら

時間がないから『じゃあ』格闘ゲームに

『大乱闘スマッシュブラザーズ』は、1999年の1月にニンテンドー64にて記念すべき1作目が発売されました。

開発を担当したのは『ハル研究所』で、ディレクターは今でもお馴染みの桜井政博さん、プログラムは前任天堂社長であり、当時ハル研究所の社長だった岩田聡さんだった事でも知られています。

桜井さんは『星のカービィ』シリーズの開発に携わっており、ファミコン、スーパーファミコンとカービィに関わる仕事をしていましたが、64になって初めて『違う事をして良いよ』と言われ、スマブラの原型となる『対戦格闘ゲーム竜王』の企画を始めました。

当時はまだ任天堂のキャラクターを使う事は決まっておらず、まったく違う人型のキャラクターを動かすゲームでしたが、『場外にふっとばして敵を倒す』『ダメージが増えるとふっとびやすくなる』など、コンセプトはすでに決定していた事が画像からも分かります。

そこで紙の企画書と、デモ用のロムカセットを持って任天堂へプレゼンテーションを行ったのですが、実は格闘ゲームの『竜王』とは別に、アクションアドベンチャーの『竜王』も同時に開発されていました。

2つのデモを任天堂に見せたところ、好評だったのはアクションアドベンチャーの方で、今のスマブラとは違ったジャンルのゲームだったようです。

しかし、ハル研究所としても初めての64タイトルで、なるべく即効性があって、出来ればクリスマスまで(1年と1ヶ月後)には出したいという方針から、なんとか間に合いそうな対戦格闘ゲームに舵を切る事になりました。

アクションアドベンチャーの要素は後の『DX』や、『X』の『亜空の使者』に引き継がれているように思えますが、もし1作目からアクションアドベンチャーがメインになっていたら、今とはまた違ったゲームになっていたのかもしれません。

任天堂からのキャラクターの許可

対戦格闘ゲームでの開発は決まったものの、家庭用のオリジナル格闘ゲームでヒットしたものは少なく、何か工夫が必要になっていました。

大きな人気を集めていた『ストリートファイター』や『鉄拳』、『バーチャファイター』などはアーケードから始まり、『自分の家でも遊べる』という魅力から大ヒットへ繋がりましたが、家庭用のオリジナルゲームでは最初に見ず知らずのキャラクターがいくら用意されたところで、なかなか新規のユーザーには魅力が伝わらない部分があったようです。

そこで、それぞれのキャラクターの個性を十分に目立たせ、他のゲームには真似できないセールスポイントを持たせるため、『任天堂のバトルロイヤル』という案がここで持ち上がります。

実現の為には任天堂本社に勤める宮本茂さんの許可を得る必要があったのですが、最初の交渉ではNGを貰っていました。

それは、例えばそのゲームを見せられて『マリオじゃない』と宮本さんが思えばそれでダメだし、逆に『すごく良い』と思っても、そのイメージを後の作品に引き継がせなければならないから、それが出来るか分からない、というもので、マリオのブランドイメージに関わる部分が大きかったようです。

実際、ご存知のようにマリオは任天堂の看板キャラクターであって、それを自由に使わせてくれという要望は受け入れにくかったのかもしれません。

ところが、交渉を行ったハル研究所の岩田社長は、NGを貰った事を桜井さんに告げず、『マリオ』『ドンキーコング』『サムス』『フォックス』が操作できるプレゼン用のバージョンを開発しました。

宮本さんからの許可を貰うには第一印象が大切だと考え、最初から完成に近いものを見せて『これなら任せても良い』というイメージを持たせる必要があり、半ば勝手に制作を進めていた部分があったそうです。

結果、その4人のキャラクターが戦うバージョンの『スマブラ』は宮本さんにも認められ、『これなら進めて貰っても良い』という反応を貰った事で、晴れて『ニンテンドーオールスター』への一歩を踏み出しました。

キャラクターやステージのイメージ

マリオやリンクと言ったキャラクターが使えるようになりましたが、開発中に思い浮かぶのは『原作者の顔』だとコメントしています。

これまで何年もかけて培われてきたキャラクターですから、そのイメージを崩してしまったり、裏切ってしまうような事をしてはいけないというプレッシャーが強くありました。

なので、キャラクターの原作者にスジを通す事を強く意識しており、少し開発が進む度に原作者に許可を貰いに行ったり、確認して貰って了解を頂いたり、余裕のないスケジュールを過ごしていたようです。

また、キャラクターの表現にも苦労があって、例えば『マリオ』は宮本さんに見せるデモの為に開発していたので、任天堂からの資料やデータはほとんど受け取っていませんでした。

その為、スタッフは『スーパーマリオ64』のマリオのポリゴンを見ながら開発をしたのですが、やや上から見下ろしたカメラに映ったマリオをベースにしていたので、初代スマブラのマリオは少しだけ顔が大きくなっています。

他にも、サムスやネスに関してはそもそも3Dで描かれた事がこれまでありませんし、『ブリンスタ』などのステージも想像でデザインする必要がありました。

当時『対戦格闘ゲーム』は数あれど、2人対戦が基本であり、4人で同時に対戦できる格闘ゲームは非常に貴重な存在でした。

4人のキャラクターを同時に表示してストレスなく動かすには、ステージやキャラクターに使うポリゴンやテクスチャを減らして処理を軽くする必要がありました。

なのでどうしても足が三角形のように尖ってしまったり、ステージの背景が2Dのイラストのようになってしまったりと表現に限界がありましたが、任天堂から『キャラが似ていない』という意見は出なかった事に安堵したようです。

今の『for Wii U』でこそついに8人対戦が可能になりましたが、ハードの制約が厳しかった頃から無理をしながらも4人対戦を実現した事で、今の『大乱闘』へと繋がっているのだと思います(ΦωΦ)

最新作の開発期間はどうなんだろう

様々な制約と戦いながら、わずか1年ちょっとで開発された初代『大乱闘スマッシュブラザーズ』ですが、最新作のニンテンドースイッチ版はいつから開発されていたのか気になるところです。

『大乱闘スマッシュブラザーズ for 3DS / Wii U』は2014年の末に発売されましたが、2011年のE3で初公開されたので、少なくとも3年以上開発に時間をかけている事になります。

ニンテンドースイッチ版は前作からまだ4年しか経っていないので、以前と同じくらいの開発期間をかけているとするならば、シリーズとしては珍しく発売直後に次回作の話が持ち上がっていた可能性もありそうです。

また、『for 3DS / Wii U』の頃からボリュームを大きくする事には限界を感じているらしく、もちろん新キャラクターや新ステージはある程度追加されますが、必要以上に増やす必要はないとの考えも明かしています。

当時の記事はこちら

確かに『マリオ』や『ピカチュウ』といった定番のキャラクターはすでにモーションも固まりつつありますし、昔のように大幅に作り直したりする必要もないので、そう言った点では製作期間の短縮にも繋がりそうです。

そもそもニンテンドースイッチ版が完全新作なのか、Wii U版のパワーアップなのかも定かではありませんが、Wii U版をベースにしていてもすでに十分ゲームとして仕上がる状態なのかもしれませんね。

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